『殴ってすむなら・・・若手のトリセツ?』
「殴れ!」
口をついて出てしまった。それもテレビに向かって。
少し前まで放送されていた救命救急の現場が舞台の連続ドラマを見ていた時のこと。
その回は若い研修医が指導医のやり方にことごとく反発し、医療ミスを起こすという
ストーリーだった。
「そんなこと、わかってます!」
「とてもじゃけど、ついていけない!やってられるかよ!」
目の前の患者を救うためなら、命を救うためなら、何をも恐れぬプロ=指導医と
親の跡を継ぐことを約束され、無難に研修期間を終えたい駆け出し=研修医。
現場は指導医の揺るぎない方針の下、一丸となり始めた矢先、
どうにもこうにも納得いかない研修医は不満を募らせ、
患者の前でもプチ爆発を起こす。
やがて不満やプチ爆発は患者の命を危険にさらすことになる。
研修医が不満を言いたい放題で現場を困惑させる場面と
患者が危機を脱した後の2回、指導医が殴るのではと思って見ていたが
見事に私の心の中の拳は空振りだった。
ひと昔前のドラマなら『ボカッ!』と、派手な音楽効果でもついたところだろうか。
床にぶっ飛ばされて頬を押さえる研修医→指導医の拳、目のアップ、それから・・・
とカット変わりが予想されるところだが、
いずれの場面も指導医が研修医の肩を強くポンと叩いて過ぎた。
まるで塩の足りないスープを飲まされたような気持ちになった。
肩のポン!が殴る代わりか・・・それでいいのか?
この薄味!ありなのか?
研修医に必要なのは"医者になるという目標"を越えること。
医者になることは通過点だ。どのような医者になるか、医者になって何を成すか、
なんのために医者になるのか。目的を考えなくては、キャリアの青写真を
描けるはずもない。
誰も教えてはくれない。今の自分に足りないものは何か、考え抜くことだ。
わからなければ、身近な手本に目を向けてるといいし、行動を真似てみてもいい。
それから、自分が患者になったつもりで、或いは、家族や大切な人が病に倒れることを
想像してみるといいだろう。








